サカモトハルキの哲学

北海道で5棟74室+月極P24台の大家やってます。2010年12月より法人化(10期目に突入!)。奥さんと中2小5男子と猫と自由にのんびり暮らしてま〜す!

『承認欲求』に取り憑かれないほうがラクに生きられるし、幸せになれるよ。

『承認欲求』ってあるよね。

あれって、一歩前違えたらかなり危険なものだから、それに取り憑かれすぎないように注意しなきゃいけないよね。

 

それから、これは実に不思議なんだけど、「認めてほしい」「愛してほしい」「受け入れてほしい」「評価してほしい」って思えば思うほど、どんどん孤独になってゆくという法則があるだよね。

 

こちらは認めてほしいと思って一生懸命何かをやろうとするんだけど、全然認めてもらえない。

愛してほしいと思って、一生懸命尽くしたり、気をつかったりするんだけど、全然愛してもらえなかったりね・・・

 

そしてこれも不思議なんだけど、「認めてもらおう」「愛してもらおう」と意識しないで、自然体のありのままの自分でいたほうが認めてもらったり、愛してもらったりするということもある。

力んでるときよりもリラックスしてるときの方が「いい顔してるね」「輝いてるね」と言われたりね。

 

どうやら僕は勘違いしてたんだね。

認められる、愛されるって何かを頑張って手に入れるものだと思ってた。

だけど、どうやらそうじゃないということに気がついた。

 

僕は小津安二郎の映画が好きでよく観るんだけど、小津監督の作品には必ず笠智衆という俳優さんが出てくる。

『男はつらいよ』のあのお寺のお坊さんだよ。

 

あの人って、いつもひょうひょうとしているでしょ。

全然肩に力が入っていない。

いつも自然体でリラックスしているように見える。

 

だけど、とてつもなく魅力的だよね。

あの人が画面に映るだけで何かが変わる。

 

笠智衆さんって、別に一生懸命何かをやったわけじゃないよね。

もちろん見えないところで努力はしているんだろうけど、画面からはそういう「一生懸命さ」とか「努力ぶり」みたいなものは伝わってこない。

 

逆にそういう部分が見えちゃったら、笠智衆という役者の魅力は半減してしまう。

いや、そもそも小津作品の世界観みたいなものも変わってしまう。

 

承認欲求が先行しすぎて一生懸命がんばっちゃう人ってさ、自分に自信がないんじゃないかな。

本当は怖いんだと思う。

だから必要以上にがんばってしまう。

力んでしまう。

 

それが相手に伝わる。

そうすると相手から煙たがられる。

嫌われる。

 

だって、そういう人のそばにいると疲れちゃうもんね。

そういう人というのは、自分のことを「オレは人から認められる存在だ」と思ってないんだよね。

だから必死になっちゃう。

 

僕もサラリーマンのとき、このドツボから抜け出せなくて散々、苦労をしたよ。

どうにかして社内で出世しようと思って、がむしゃらに頑張った。

その結果、まわり煙たがられ、嫌われ・・・・肝心の出世のほうもそれほどできなかった。

 

あのときの焦りや苦しさのことを今でもたま夢に見るよ。

 

結果が出ない、成果が出ない、出世しない、認められない、愛されない、評価されない、etc・・・

それが続くと、だんだん人間は「お前はダメなやつだ」「お前は能力のないやつだ」と言われてるような気がしてくるんだよ。

 

だから余計にがんばっちゃう。

「そんなことない!」「オレは落ちぶれちゃいない!」と意地を張ってしまう。

 

そこまで追い詰められると人間はどうなるかというと、

 

オレは悪くない

悪いのはオレを認めないまわりの方なんだ

 

 

という想いに取り憑かれるようになるんだよ。

悪いのはオレの良さを見抜けないあの人なんだ、とね・・・

 

人に認めてもらおうと思わなくてもいいんだということに気づくのに随分時間がかかったよ。

逆に、無理して認めてもらおう、愛してもらおうと思わない方がいろんなことがうまくいくということ。

 

ただただ、純粋に自然体で生きる。

自分のやりたいことだけを楽しみながらやる。

余計なことは考えない。

承認欲求に取り憑かれない。

 

これをするだけで、だいぶラクに生きられるようになるよ。

これをするだけで、以前より確実に幸せになれるよ。