サカモトハルキの哲学

北海道で5棟74室+月極P24台の大家やってます。2010年12月より法人化(10期目に突入!)。奥さんと中2小5男子と猫と自由にのんびり暮らしてま〜す!

「自分探しの旅に出ることは悪いことじゃない」と僕が思ってる理由

『自分探しの旅』なんていうワードは、今ではすっかり嘲笑の対象と化しちゃってるところがあるよね。でも僕は自分探しってすっごく大事なことだと思ってます!

 

正しかろうが間違っていようが、結果で伴おうが結果が伴わなかろうが、少なくともそういうものをやって人とやらなかった人とでは大きな違いが生まれるような気がするんだよね。そしてその違いが人間の深みみたいなものを生み出すような気がする。

たとえば、ヘーゲルやカント、ハイデガーやニーチェといった哲学者の人たち。彼らなんて完全に自分探しの旅をしつづけた人たちだよね。みんな思い悩み、袋小路に入って出られなくなり、もがき苦しみ・・・・その結果、偉大な哲学を生み出した。

プラトンやアリストテレスなんかもそうかもしれない。

僕に言わせれば、「旅をしようと思った」というだけでもうすでに合格点だよ。なぜなら、ほとんどの人は自分探しの旅をしようなんて思わないからね。ほとんどの人は「自分とは何か?」とか「本当の自分はどこにある?」なんて考えたりしない。そして何の疑問も抱かずにスルスルっと社会に溶け込んでゆくんだ。

いい大学に行って、いい会社に就職する。これが人生のすべてというわけだ。余計なことは考えるな。余計なことを考えると、生きていけなくなるぞ・・・・というわけなんだ。

でも、本当にそれでいいのかな?

多くの日本人は大学を卒業し、4月1日の入社式を迎えた瞬間、『何者か』に変身する。まるでウルトラマンに変身するかのように、サラリーマンに変身してしまうんだ。その瞬間、自分探しの旅をしようなんて発想はどこかへ飛んでいってしまう。ついでに、自分の中にあった夢とか理想とかといったものもゴミ箱へ放り込んでしまう。

それが大人になるってことなんだ。それが立派な社会人ってやつなんだ。いつもまでも学生じゃないんだ。いつまでもピーターパンではいられないんだ、、、、

本当にそれでいいんだろうか?

そこから先は推して知るべしだよ、、、、自分探しの旅をしているヤツを見かけたりなんかすると、嫌悪感を抱き、バカにし、あざ笑ったりするようになるんだ。

本当はそれ、もう一人の自分の姿なんじゃないの? もしかしたら、本当は自分も夢や理想を追いかけつづけたいんじゃないの? だからそんなに嫌悪感を抱くんじゃないの?

もうこうなったら、ほとんど人生は「あがり」だよね。でも、そんな「あがり」の状態を迎え、永遠と時間をつぶしてるだけのおじさんってすごく多いんだよ。というか、ほとんどの日本人はそうなっちゃうんじゃない?

人生というのは長い長い暇つぶし。自分は働くだけの存在。そして会社から25日に給料をもらい、その給料で家族を養うだけの歯車。別にこれといった特徴もなく、代わり映えのしない毎日をおくるだけの男、、、、

本当にそれでいいんだろうか?

僕は自分探しの旅に出る若者というのは、少なくとも何らかのポテンシャルは持っていると思っています。これから先、どう化けるかわからない。もしかしたら何者かになるのかもしれない。あるいは何者にもなれないのかもしれないまま終わるかもしれない。

それはやってみなければわからない。靴ひもをしばり、玄関の重たい扉をあけ、外へ出てみないとわからない。少なくとも言えることは、『何もしないヤツ』よりはおもしろい人生を歩むだろう。

現実ばっかり見て、現実的なことばかりを考えている人は、一生『現実』から抜け出せないまま人生を終えることになるんだよね。僕はそういう人生は嫌だった。

だから玄関の扉をあけて外へ出たんだ。みんなからいっぱい笑われたけどね。

 

 

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